おはようございます。

今週は、調べ終わった後を扱ってきました。

範囲、繰り返し、照会への回答、実効性の測り方。最後は、そもそも手続はどれだけあれば足りるのか、という話です。

導入

英国の贈収賄防止法(Bribery Act 2010)には、企業自身が問われる犯罪類型がある。第7条 ── 関係者(associated person)による贈賄を防止しなかったこと、それ自体が罪になる。

成立の条件は、同法第1条または第6条の罪に当たる行為があったことである。ただし、その行為をした個人が有罪判決を受けている必要はない。逆に、第1条・第6条の罪の成立が合理的疑いを超えて立証できなければ、第7条は発動しない。

ただし抗弁がある。適切な手続(adequate procedures)を備えていたと証明できれば、責任を免れる。

では、何をもって適切とするのか。同法は、政府に指針を作らせた。英国司法省が出したその指針は、6つの原則を掲げている。手続の比例性、経営トップのコミットメント、リスク評価、デュー・ディリジェンス、周知と研修、モニタリングと見直し。

指針は冒頭で断りを入れる。これらの原則は規範的な列挙ではない。柔軟で、アウトカムに焦点を当てたものである(These principles are not prescriptive. They are intended to be flexible and outcome focussed)。

そして第1原則が、これである。

企業の贈賄防止手続は、その企業が直面する贈賄リスクと、事業の性質・規模・複雑さに比例していること(proportionate to the bribery risks it faces and to the nature, scale and complexity of the commercial organisation's activities)。あわせて、明確で、実務的で、参照しやすく、実効的に実施され、執行されていること。

コメンタリーは、さらに踏み込む。ある関係先について贈賄のリスクが無いと適切に評価したのであれば、その関係においては、贈賄防止のための手続は何も要らない(will accordingly require nothing in the way of procedures to prevent bribery in the context of that relationship)。

当局の指針が、足さなくてよい場合を明記している。

Q1

この指針が掲げる6原則に、含まれないものはどれか。

1. 手続の比例性(Proportionate Procedures)

2. 経営トップのコミットメント(Top-Level Commitment)

3. リスク評価(Risk Assessment)

4. 違反件数ゼロの対外公表(Zero Tolerance Reporting)

正解: 4

解説: 6原則は、比例性・トップのコミットメント・リスク評価・デュー・ディリジェンス・周知と研修・モニタリングと見直しである。件数の公表は入っていない。

判断の型: 実効性の基準に、対外的な見栄えの項目は入らない。

誤答の罠: 4のような対外指標は、社内で成果として扱いやすい。ただし件数ゼロは、防げた証拠にも、見えていない証拠にもなる。指針が置いたのは、そこではなく、リスクに手続が見合っているかだった。

Q2

第1原則について、この指針が述べていることとして正しいものはどれか。

1. すべての取引先に、一律の防止手続を適用すべきである

2. ある関係先に贈賄リスクが無いと適切に評価したなら、その関係では防止手続は何も要らない

3. 手続の分量は、企業の規模のみによって決まる

4. 中小企業には、贈賄防止手続は必要ない

正解: 2

解説: 指針は明示的にそう書いている。ただし条件が付いていて、適切に評価した場合である。評価をせずに「無いと思う」では届かない。

判断の型: 手続を置かない判断は、評価の結果としてのみ成立する。評価を飛ばした省略は、ただの不備である。

誤答の罠: 3と4は、比例性を規模の話だと読んだときに出てくる。指針はそこも潰していて、規模は決定要因の一つにすぎず、小さな組織でも相当のリスクに直面することがあり、限定的なリスクしか無い同規模の組織より広範な手続を要することがあるとしている。比例するのは規模でなく、リスクである。

Q3(判断分岐)

自社で贈収賄防止の手続を整えることになった。取引先は数千社ある。あなたが最初に決めるべきことはどれか。

1. 全取引先から一律に誓約書を取得する

2. リスク評価を先に行い、相手ごとに手続の厚さを変える

3. 全社員に必須の研修を設定する

4. 交際費の承認権限を一段引き上げる

正解: 2

解説: 1・3・4はいずれも実施されうる手続だが、リスク評価の後に置かれるものである。評価を飛ばして一律に敷くと、二つの副作用が同時に出る。高リスクの相手に薄すぎ、低リスクの相手に厚すぎる。しかも後者の量が多いので、現場の体感は「厳しすぎて回らない」になり、前者は手当てされないまま残る。

判断の型: 一律は、公平に見えて、リスクの配分としては不均衡になりやすい。

誤答の罠: 1は、やった証拠が残るという意味で魅力的。数千社分の誓約書は、監査でも見せられる。ただし指針が求めているのは、書面の存在ではなく、リスクに見合っているかどうか。ここは先週の格付けと同じ構図で、量は根拠にならないという話でもある。

監修者から一言

今週は、再発防止の話を5日続けました。

ご相談を受けるとき、最初に聞かれるのはたいてい「何を足せばいいですか」です。今週の材料を並べてみると、その問いに正面から答えるのが、だんだん難しくなってきます。

会社も国も、足してきました。厳しくもしてきました。それでも同じことが起きたとき、次に足すものを考える前に、これまで足したものが原因のどこに当たっていたのかを一度見たほうがいい。当たっていなかったのなら、足す方向を変える。当たっていたのに効かなかったのなら、実施の側に問題がある。どちらなのかで、次の一手は正反対になります。

英国の指針が、リスクが無いと評価したなら何も要らない、とまで書いているのは、統制を軽く見ているからではありません。限られた手を、効くところに寄せろと言っているのだと読んでいます。

実務接続

今日、自社の贈収賄防止の手続のうち、全取引先に一律で課しているものを1つ選ぶ。それをリスク区分別に3段階へ分けたら、どこが薄くなり、どこが厚くなるかを紙に書いてみる。厚くすべき先が見つかったら、それが来月の議題である。

出典(段落単位)

·        英国司法省「The Bribery Act 2010 – Guidance about procedures which relevant commercial organisations can put into place to prevent persons associated with them from bribing」(同法 section 9 に基づき公表)── section 7 の責任を負うには、同法 section 1 又は 6 の罪に当たる行為を防止できなかったことが必要であり、当該個人が有罪判決を受けているかは問わないこと。他方、section 1 又は 6 の罪の成立を合理的疑いを超えて立証できない場合、section 7 の罪は発動しないこと(パラグラフ13)。適切な手続(adequate procedures)を備えていたことを証明できれば section 7 の罪に対する抗弁となること。6原則が Proportionate Procedures / Top-Level Commitment / Risk Assessment / Due Diligence / Communication (including training) / Monitoring and Review であること。これらの原則は prescriptive ではなく、flexible かつ outcome focussed であるとしていること。 https://assets.publishing.service.gov.uk/media/5d80cfc3ed915d51e9aff85a/bribery-act-2010-guidance.pdf

·        同ガイダンス Principle 1 Proportionate procedures 本文 ── 手続は、直面する贈賄リスクと事業の性質・規模・複雑さに比例したものであること。あわせて、明確(clear)、実務的(practical)、参照しやすく(accessible)、実効的に実施され(effectively implemented)、執行されている(enforced)こと。

·        同 コメンタリー1.2 ── 適切な贈賄防止手続はリスクに比例すべきであり、組織横断の初期リスク評価が必要な第一歩であること。リスクの水準は組織の規模や事業の性質・複雑さと関連するが規模だけが決定要因ではなく、小規模組織が相当のリスクに直面し、限定的なリスクしか負わない同種の組織より広範な手続を要する場合があること。他方で小規模組織が大規模多国籍企業と同程度に広範な手続を要することは通常ないこと。

·        同 コメンタリー1.3 ── ある関係先(associated person)について贈賄のリスクが無いと適切に評価した企業は、その関係においては贈賄防止の手続を何ら要しないこと。他方、外国公務員との交渉で企業を代理する第三者エージェントに依存する場合のリスクは重大と評価されうるため、相応に多くの手続を要すること。

今週のまとめ(第20〜24便)

·        月: 再発防止策を出した2か月後に、4回 ── 対策にも点検範囲がある。範囲の外は、対策していないのと同じ

·        火: 制度を3回厳しくして、4度目が来た ── 足すかどうかでなく、どこに足すかを見る

·        水: 2016年の照会に「ありません」と答えていた ── 「無い」は、調べた範囲と方法とセットでなければ、後から嘘になる

·        木: なぜ見逃したかを書く ── 実効性は、数でも進捗率でもなく、原因との対応関係で示す

·        金: リスクが無いなら手続は要らない ── 比例するのは規模でなく、リスク

先週見たのは、どう調べるかでした。今週見たのは、調べ終わった後に何が変わるかです。

並べてみると、五日とも同じ一点に戻ります。再発防止策の実力は、足した量では測れません。原因のどこに当たっているかで決まります。範囲を宣言したか。過去の対策がどこで止まったかを見たか。見逃した機会を分析したか。リスクの薄いところから手を抜いて、厚いところへ寄せたか。

どれも、対策一覧の項目数には出てきません。

今日の一問(返信で教えてください)

あなたの会社の再発防止策は、「原因のどこに当たっているか」を説明できる形になっていますか?

·        A 対応関係を示せる

·        B 対策一覧はあるが、対応関係は示していない

·        C 分からない

このメールに返信して、A〜Cの一文字だけ送っていただければ十分です。

このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。来週もよろしくお願いします。

PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。

一行で返信いただければ、必ず私が読んで、私が返します。

このメールには返信できます。感想・異論・「うちの会社ではこうだった」という実例、どれも歓迎です。

水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』

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