おはようございます。昨日は、英国の新興銀行が当局の求めに応じて申し出た口座開設の制限を、システムを変えるエンジニアたちが知らされていなかった事案でした。
今日の「直したはず」は、会計監査人の指摘です。監査人が何度も求め、一度は収まったように見えた売上の計上の問題を、国内の上場会社の報告書で読みます。
導入
2026年8月4日、保険代理店を営む国内の上場会社が、第三者委員会の調査報告書(公表版)を公表した。対象は、広告事業を営む完全子会社である。会社のお知らせによれば、子会社では遅くとも2018年12月から2025年9月までの間、保険会社向けの広告掲載などの売上について、合計約75億800万円が前倒しで計上されていた。
子会社は、保険会社に、自社グループのウェブサイトの広告枠を期間を決めて売っていた。報告書によれば、売上は広告を掲載する期間にわたって計上するのが、会社の社内規則に沿ったあるべき処理だった。実際には、その期間にわたる役務の提供に先立って、売上が計上されていた。影響額が最も大きかった2022年9月期で、3億6,500万円である。
子会社の売上は、証憑を添えて親会社の経理の部門に申請し、計上する仕組みだった。報告書によれば、経理の部門が証憑として主に確かめていたのは申込書だった。子会社の側は、申込書に掲載期間を書かない対応をとり、掲載が始まる前でも、申込書を受け取ったときや申込みの月に計上できる状態になっていた。取引先から掲載期間の記載を求められることもあったが、子会社の社長らが交渉し、見積書などに書く形にしていた。報告書はこう書く。申込書等には広告掲載等期間を記載せず、見積書等に記載することで代用する対応がとられており、これにより、総合企画部経理課による発見統制が実質的に無効化されていたと認められる。
当時の会計監査人は、この点に気づいていた。報告書によれば、監査人は2020年5月頃から、売上の期間の帰属がはっきりしないと何度も指摘し、申込書に具体的な広告の掲載期間を書くよう繰り返し求めていた。
ここが今日の分岐点である。2023年3月、監査人の指摘はどう収まったか。
報告書によれば、上場会社の専務取締役(当時。子会社を管掌)の求めで面談が開かれた。専務は監査人を訪ね、子会社では1年や半年の包括的な販売促進を行い、その結果で金額が決まり、決まった金額で後から売上を計上している、と説明した。監査人によれば、そうした説明を受けたのは、このときが初めてだった。監査人は裏付けをとるため、取引先の保険会社などにメールで一斉に照会した。説明と矛盾しない回答が返ってきた。監査人はそれ以降、申込書に掲載期間を書くよう求める指摘をやめ、かわりに申込書の名称を「検収確認書」に変えることを検討するよう求めるようになった。
その照会の回答について、専務は2023年4月頃から、複数の保険会社などにメールを送っていた。2023年4月10日のメールには、こうある。
下記の赤字での回答例を参考にしてください。
メールには監査人の質問が並び、その下に回答例が付いていた。掲載期間についての質問への回答例の1つは、ご認識の通りです。(A 社回答例) だった。委員会は、専務が一斉照会の回答内容を操作するなどし、子会社の社長と連携していたと認めている。
監査人の指摘が止まった後も、前倒しの計上は続いた。報告書は、背景にあったジレンマをこう書く。売上前倒計上は、一度実施すると、その後に当該前倒計上を取りやめた期に売上計上額が減少するため、右肩上がりの成長を演出し続けるには、同様の処理を継続せざるを得ないというジレンマを孕んでいた。
流れが変わったのは2024年9月期の決算である。監査人の残高確認で、7社から合計約2億円の「差異あり」の回答が返ってきた。これを機に、経理の部門は、広告を実際に掲載したことを示す配信実績のレポートなどを追加の証憑として求めるようになった。報告書によれば、前倒しの計上はこれで難しくなり、次第に減っていった。
会社は2026年1月7日、別の件で取引所に出した改善報告書の実施状況を報告した。その中で、子会社の売上の一部に計上の誤りがあったことに触れ、原因をこう書いている。顧客との間において契約内容が変更されたにもかかわらず、当該契約内容に関する変更についての情報が営業部門から経理部門に適切に連携されなかったことから、経理部門が根拠となる証憑を十分に確認できておらず、従来の契約に基づく取引が継続しているものと誤認した結果、決算の数値の確認が十分に行われなかった、という説明である。会社は、2025年9月期から、申込書に加えて役務を提供したことが分かる証跡も確かめて計上していると報告した。
7か月後の第三者委員会の報告書は、前倒しの計上が2025年9月まで続いていたと認定した。2025年9月期以降の取引の1つについて、子会社の社長(当時)は、申請の方法を改める移行期の取引だったと述べている。委員会はこう書く。いきなりこれを改めると売上が大きく減ることから、従前の方法による売上計上申請をしていた旨供述しており、売上前倒計上の認識が認められる。 2つの文書が同じ範囲の取引を指しているかは、どちらにも書かれていない。本便では、会社が直したと報告した仕組みの移行期にも、前倒しの計上は認識されたまま続いていたと読んだ。
Q1
報告書によれば、当時の会計監査人が2020年頃から繰り返し求めていたことは何か。
申込書に、具体的な広告の掲載期間を書くこと
広告の売上を入金のときに計上すること
子会社の経理を親会社に移すこと
取引先と毎年、契約書を結び直すこと
正解: 1
解説: 監査人は、売上の期間の帰属がはっきりしないと指摘し、申込書に具体的な掲載期間を書くよう繰り返し求めた。経理の部門が証憑として主に確かめていたのも申込書だった。本便では、監査人も経理も、申込書の記載を、期間を確かめる手がかりにしていたと読んだ。
誤答の罠: 2を選びたくなる。監査人は、分割で入金されるのに一括で収益を計上している取引にも触れていた。ただ、求めた対応は、掲載期間を書類で明らかにすることだった。
Q2
報告書によれば、2023年3月以降、監査人が申込書に掲載期間を書くよう求める指摘をやめたのはなぜか。
子会社が申込書の様式を改めたから
専務の説明を受け、取引先への一斉照会で説明と矛盾しない回答を得たから
監査法人が交代したから
取締役会が計上の方法を正式に承認したから
正解: 2
解説: 監査人は専務の説明を裏付けるため、保険会社などにメールで照会し、矛盾しない回答を得た。その回答については、専務から取引先に回答例が届いていた。本便では、回答は取引先から寄せられていても、その中身に確かめられる側が手を入れていたと読んだ。
誤答の罠: 1を選びたくなる。指摘を受けて書類を直すのが、普通の収まり方だからである。この事例では、申込書に掲載期間が書かれないまま、指摘のほうが止まった。
Q3(判断分岐)
会計監査人が、申込書に広告の掲載期間を書いてほしいと何年も求めている。営業の側は、取引先との交渉で書けないと言う。あなたが経理の責任者なら、どうするのを本便は勧めるか。
取引先が書けないなら、見積書の記載で代用することを認める
監査人に事業の仕組みを説明し、取引先への照会で裏付けてもらう
掲載の実績(配信のレポートなど)が出るまで売上を計上しない運用に切り替え、売上が減る影響を先に経営に上げる
次の監査まで様子を見る
正解: 3
解説: 報告書によれば、前倒しの計上が難しくなったのは、経理の部門が配信実績のレポートなどを追加の証憑として求めるようになってからだった。掲載の実績が出るまで計上しない運用に切り替え、その影響を先に経営に上げる、という手順は、報告書の提言でなく、本便の提案である。
誤答の罠: 1と2は、この事例で実際にとられた対応と重なる。見積書での代用は、委員会が発見統制を無効にしたと認めた対応で、取引先への照会は、回答例が届いていた照会だった。
監修者から一言
今週の3本目にこの事例を選んだのは、監査人の指摘が「解消」した場面が、問題が隠れた場面と重なっていたからです。監査人は2020年から、申込書に掲載期間を書くよう繰り返し求めていました。その指摘が止まったのは、書類が直ったからでなく、照会への回答が説明と合ったからでした。
私は、確かめる手続を設計するとき、その答えの中身に、確かめられる側が手を入れる余地がないかを見るべきだと考えています。この事例で前倒しの計上を難しくしたのは、広告を実際に配信したことを示すレポートなどの追加の証憑でした。
2026年1月の報告は、子会社の件を、営業と経理の連携不足による誤りとして説明していました。同じ件かどうかは文書から分かりませんが、仕組みを改めても、移行の途中で売上が大きく減る局面が来ます。そこで何が起きるかまで見て、はじめて直したと言えるのだと私は考えています。
実務接続
今日、自社の売上のうち、計上の根拠が社内か取引先が作った書類1枚だけになっている取引の種類を1つ選ぶ。その取引について、役務を実際に提供したことを示す記録(納品の記録、配信や稼働のログ)が、経理の手元に届いているかを確かめる。
出典(段落単位)
株式会社アドバンスクリエイト「第三者委員会の調査報告書の公表に関するお知らせ」(2026年8月4日)、および添付の同社第三者委員会(委員長 白井真)「調査報告書(公表版)」。TDnet掲載のPDF(213頁)を取得し、原文で確認した。 https://www2.jpx.co.jp/disc/87980/140120260804508510.pdf
会社のお知らせ 2.: 売上前倒計上 約75億800万円(遅くとも2018年12月〜2025年9月)。
報告書 第3 1〜3(24〜29頁): 売上前倒計上の定義、社内規則と収益認識の基準、影響額が最大の年度(2022年9月期 3億6,500万円)、脚注29(2025年9月期以降の取引と、移行期についての供述)。
報告書 64〜68頁: 当時の会計監査人の指摘(2020年5月頃から。2023年は検収確認書への名称変更の検討の要求)、2023年3月の面談と一斉照会、2023年4月10日のメールと回答例。98〜99頁: 専務取締役(当時)の立場と、回答内容の操作などについての委員会の評価。
報告書 177〜178頁: 過度な業績達成圧力と前倒計上のジレンマ、申込書への掲載期間の不記載による発見統制の無効化、2024年9月期の残高確認(7社・約2億円)と配信実績の証憑の追加。
同社「東京証券取引所、福岡証券取引所及び札幌証券取引所への『改善状況報告書』の提出に関するお知らせ」(2026年1月7日)、および別添「改善状況報告書」1.(5)・2.(2)。TDnet掲載のPDF(37頁)を取得し、原文で確認した。 https://www2.jpx.co.jp/disc/87980/140120260107530139.pdf
※太字は引用と強調の両方に用いている。引用は原文どおりで、全角・半角の表記も原文に従った(回答例の括弧は原文どおり全角)。報告書の頁は印刷頁。
このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。
PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。
一行で返信いただければ、必ず私が読んで、私が返します。