おはようございます。昨日は、不正な処理を止めるよう言い続けた2人がいて、問題が会長まで報告されたあとも処理されなかった国内の事例でした。
今日は海外に戻ります。気づいていたのは、リスク管理の現場でこの取引先を担当していたアナリストです。警告の中身は、驚くほど正確でした。
導入
2021年7月29日、スイスの大手銀行の取締役会特別委員会が、1つの取引先をめぐる調査報告書を公表した。米国の個人資産運用会社(ファミリーオフィス)が同年3月に債務不履行に陥り、銀行は約55億ドルの損失を被った。
報告書の見立ては、はっきりしている。
これらのリスクは隠されていなかった。遅くとも2020年9月、取引先監視委員会が初めて開かれ、上級幹部がこの取引先の集中した、買い持ちに偏った、値動きの激しいスワップ取引について議論したときから、リスクは誰の目にも見えていた。(拙訳)
見えていた人の声を、報告書から拾う。
2020年9月3日、与信リスク管理部門でこの取引先を担当していたアナリストが、上司にこう書いた。事業部門の中のリスク管理チームが手薄になっている、という訴えである。
山のような持ち高に証拠金ゼロを求めてくる営業担当に対して、気骨をもって押し返してくれると私が信頼していた人たちは、全員いなくなった。(拙訳)
2021年2月中旬には、もう1人が書いている。事業部門内のリスク管理チーム(PSR)にいたアナリストが、自分の上司であるPSRの責任者に送ったメッセージだ。この取引先は他の証券会社にも同じ銘柄を大量に持っている、もし何か問題が起きれば、すべての証券会社が一斉に出口に向かうだろう。そして、各社が同時に証拠金を引き上げれば、理論上は、強制清算に追い込まれることもありうる(いずれも拙訳)。
5週間後、この取引先は追加証拠金を払えなくなった。取引の一時停止の申し出に各社は応じず、この銀行は3月26日の朝、債務不履行を通知して持ち高の処分を始めた。
報告書は、このメッセージを受けた責任者について、これに対し、PSR責任者は、この取引先の市場全体でのエクスポージャーと、その帰結についての警告を無視した(拙訳)と書いている。責任者本人は、メッセージのその部分には注意を向けていなかった、と述べている。翌日、与信リスク管理部門のアナリストも同じ懸念を上司に伝え、取引先監視委員会で改めて取り上げるよう提案した。
ここが今日の分岐点である。その委員会は、2020年9月に初めてこの取引先を取り上げたとき、取引先に変化があれば知らせ、今後の会合で改めて取り上げる(拙訳)と決めただけで、期限を設けなかった。次に取り上げたのは約6か月後の2021年3月8日。その時点で取引の総額は約210億ドルに膨らみ、2番目に大きい顧客の4倍を超えていた。委員会は、証拠金の取り方を見直す方針を決めた。一方で、2月のアナリストの警告は、報告書によればPSRはこのリスクをより上位の事業部門の幹部にエスカレーションせず、2021年3月8日の委員会でも取り上げられなかった(拙訳)。
投資銀行部門の最高経営責任者とグループの最高リスク責任者は、3月24日の夜、取引先が翌日の追加証拠金を払えないと伝えてきたとき、初めてこの取引先の名前を聞いたと記憶している。
Q1
2021年2月、各社が同時に証拠金を引き上げれば強制清算に追い込まれることもありうる、と上司に警告したのは誰だったか。
1. 投資銀行部門の最高リスク責任者
2. 取締役会のリスク委員会
3. 事業部門内のリスク管理チームにいたアナリスト
4. 外部の監査法人
正解: 3
解説: 警告を書いたのは、現場でこの取引先を担当していたアナリストで、宛先は自分の上司だった。最も正確な見立ては、取引先をいちばん近くで見ていた担当者のところにあった。
誤答の罠: 1を選びたくなる。投資銀行部門の最高リスク責任者は取引先監視委員会の共同議長だったが、報告書によれば、この取引先の件を自分の上司であるグループの最高リスク責任者に上げた形跡はない。
Q2
報告書は、取引先監視委員会(CPOC)が実際にはどう機能したと評価しているか。
1. 取引先のリスクを経営陣に上げる起点として機能した
2. エスカレーションの起点ではなく、終点になってしまった
3. 開催されなかった
4. 取引先との取引停止を決定した
正解: 2
解説: 報告書はこう書く。このことが、実質的に取引先監視委員会を、より上位の幹部へのエスカレーションの起点ではなく、エスカレーションの終点に変えてしまった。(拙訳) 報告書によれば、委員会は出席者に、リスクは管理されていてこれ以上上げる必要はない、という誤った安心を与えた。
誤答の罠: 3は違う。委員会は開かれ、議事録も残っている。報告書が問題にしたのは、開かれたうえで何も上に行かなかったことである。
Q3(判断分岐)
自社のリスク管理委員会に、限度額を超えた取引先が毎回報告されているが、是正の期限が決まっておらず、同じ名前が何か月も並んでいる。最も効く手当てはどれか。
1. 委員会の開催頻度を月1回から月2回に増やす
2. 限度超過が一定の日数を超えて是正されなければ、自動的に経営会議と取締役会の委員会に報告される仕組みにする
3. 超過の理由を詳しく書く様式を作る
4. 担当部門に注意喚起の通知を出す
正解: 2
解説: 報告書を受けて銀行が導入を進めた手順の1つが、これである(一定額を超える限度超過が対象)。5日以内に是正されない超過は、経営執行陣へ、その後取締役会のリスク委員会へ報告される(拙訳)。上げるかどうかを人の判断に任せず、日数で自動的に上に行くようにした。
誤答の罠: 1は会議を増やすだけで、期限は決まらない。今日の事例では、委員会は開かれていた。
監修者から一言
この報告書を読んで、私が一番考えさせられたのは、担当アナリストの警告が正確だったことです。
各社が一斉に出口に向かい、証拠金を同時に上げれば、強制清算に追い込まれうる。実際の引き金は証拠金の引き上げでなく株価の急落でしたが、5週間後に起きたことの骨格を、先に書いています。気づく力が足りなかったのではありません。気づいた人は、少なくとも2人いました。
止まったのは、上司のところと、委員会のところです。上司はメッセージの別の部分に注意を向けていたと言い、委員会は「今後の会合で改めて」と決めて期限を置かなかった。報告書の言い方を借りれば、委員会はエスカレーションの終点になっていました。
日本の会社でも、リスク委員会やコンプライアンス委員会に報告したことで、上げた側も受けた側も一区切りつけてしまうことは起こりえます。委員会は、そこで話を閉じる場所ではなく、上に送る場所として設計しなければなりません。そのためには、何日たったら自動的に上に行くかを、あらかじめ数字で決めておくことです。
実務接続
今日、自社のリスク管理委員会の直近3回分の資料を並べ、3回続けて載っている案件に印をつける。それぞれに是正の期限が書かれているかを確かめ、書かれていなければ、次回の委員会で期限を決める議題に加える。
出典(段落単位)
· Credit Suisse Group Special Committee of the Board of Directors「Report on Archegos Capital Management」(July 29, 2021)。Paul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrison LLP による調査。同行が米国証券取引委員会に提出した Form 6-K の添付書類(Exhibit 99.2)として掲載された報告書本文を取得し、原文で確認した。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1159510/000137036821000064/a210729-ex992.htm
· 同報告書 Executive Summary ── 約55億ドルの損失、2020年9月の取引先監視委員会の「Action/Decision」と期限が設けられなかったこと、次に取り上げられたのが2021年3月8日であったこと。
· 同報告書 §II ── 2020年9月3日の与信リスク管理部門のアナリストのメッセージ、2021年2月中旬の事業部門内のリスク管理チームにいたアナリストの警告と責任者の対応(責任者の主張は脚注120)、2月19日の与信リスク管理部門のアナリストの上申と委員会での再検討の提案、3月8日の委員会の内容、3月24日夜に投資銀行部門CEOとグループCROが初めて聞いたと記憶していること。
· 同報告書 §III ── リスクは遅くとも2020年9月から見えていたとの記載、アナリストの警告が上位に上げられず3月8日の委員会でも取り上げられなかったこと、委員会がエスカレーションの終点になっていたとの評価、3月8日時点の総額約210億ドルと次に大きい顧客(50億ドル)との比較。
· 同報告書 §IV(提言)── 5日以内に是正されない限度超過を経営執行陣、その後取締役会リスク委員会へ報告する手順の導入。
· ※本文中の英語の日本語訳は拙訳である。
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水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』
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