おはようございます。昨日は、米国の大手銀行グループが英国に持つ証券子会社で、誤った発注に711件の警告が出ていたのに、画面に見えていたのは最初の18行だった事案でした。
今日の「警告」は、管理部門から営業の現場へ届く照会です。警告の仕組みは動いていて、照会もされていました。止まったのは、答えが返ってきた後でした。
導入
2020年11月27日、IT機器の流通と繊維などを手がける国内の上場持株会社が、特別調査委員会の調査報告書(要約版)を受け取ったと公表した。対象は、繊維の事業子会社で起きた架空の循環取引である。
報告書によれば、衣料品などを仕入れて販売する部門の副部長(当時)が、少なくとも2014年9月から2020年8月まで架空の取引を続けていた。品物は実際には動かず、帳票だけが取引先を何社も経由して自社に戻り、また売られる。循環取引の売上は累計で約64億4,700万円にのぼり、2019年度には18億9,200万円、所属する課の売上の77.3%を占めていた。委員会は、副部長の単独の行為と判断している。
発覚のきっかけは、社内の仕組みではなかった。副部長は2018年10月にグループの別の会社へ転籍し、2020年9月4日、その会社の社長に自ら打ち明けた。報告書によれば、本人は当初、どのみち早く発覚すると考えていたと説明している。
その間にも、警告は出ていた。報告書はこう書く。
また、売掛金については、取引先ごとに与信枠が設定され一定割合に達すると警告が出され、営業業務部では、担当課の課長へ通知し、回答を求めていた。もっとも、一応の回答があると、それ以上の対応をしていなかった。本件循環取引でも、A氏からの虚偽の説明を受け、そのまま終了していた。
報告書は副部長を「A氏」と呼ぶ。財務の部門も、別の通知を出していた。財務部では、毎月、取引ごとの売掛金の滞留状況を各課の課長へ送付し、回答を求めるが、一応の回答があれば、それ以上の追及はなくそのまま終了していた。
ここが今日の分岐点である。警告が出て、照会が届き、答えが返ってきた。その答えを、誰が何で確かめることになっていたか。
報告書によれば、確かめる手順はなかった。原因の節でも、委員会は同じことを書く。本件では、A 氏へ連絡をしたが、A 氏からの虚偽の回答があるとそのまま放置されてしまった。 警告への答えを書いたのは、取引を回していた本人だった。
与信枠は、副部長が一人で決められる範囲も決めていた。報告書によれば、業務の流れ図では販売に課長の承認が要るとされていたが、D 課では、与信枠を超えない限り A 氏のみの判断で行うことができた。
循環が大きくなると、ある取引先への売上が、会社の決めた与信の限度額に達した。報告書によれば、副部長はそこで、別の3社にその取引先との間に入ってもらい、限度額に当たらないようにした。社内では、その3社についてこう受け止められていた。U 社、V 社、W 社については、Q 社に対する与信枠の限度額を超えないように、間に入っていると説明を受けていた。
財務の数字にも、異常は出ていた。委員会は事後に回転期間を計算し、こう書いている。本件循環取引については、所属部の平均的な売掛金回転期間が 1.6 か月であるのに対し、ほとんどの年度で 5 か月を上回っており、著しい異常値が確認できた。 在庫についても、外部倉庫に帳簿の在庫一覧を毎月送り、押印して返してもらっていた。倉庫の側は、「受払明細表」の内容がわかりにくく、また、保管貨物は段ボールなどに梱包されていて中身が分からないため、そのまま記名押印して返送していたと説明している。
委員会の結論はこうである。以上のように、会計不正を暴くための有力な財務データを取得しながら、それを活用した内部統制の仕組みがないため、財務データを活用した統制が機能しない状態が続いていた。 調査の過程では、社内からこうした声も聞かれたという。「営業が強くて、管理の言うことを聞かない」。
Q1
報告書によれば、取引先の売掛金が与信枠の一定割合に達して警告が出たとき、営業業務部は何をしていたか。
担当課の課長に通知し、回答を求めていた
その取引先への出荷を自動で止めていた
財務部と一緒に取引先を訪ねていた
内部監査の部門に報告していた
正解: 1
解説: 営業業務部は担当課の課長に通知し、回答を求めていた。ただ、一応の回答があれば、それ以上の対応はしていなかった。本件でも、副部長の虚偽の説明を受けて終わっていた。本便では、照会は、答えが返ることで閉じる仕組みになっていたと読んだ。
誤答の罠: 2を選びたくなる。与信枠と聞くと、超えたら取引が止まる仕組みを思い浮かべやすい。この事例の警告は、枠の一定割合に達すると出て、担当課に照会する仕組みだった。
Q2
報告書によれば、ある取引先への売上が与信の限度額に達してしまったとき、副部長はどうしたか。
与信枠の引き上げを申請した
別の会社に、その取引先との間に入ってもらった
その取引先との取引をいったん止めた
上司の承認を得て、限度額の超過を認めてもらった
正解: 2
解説: 副部長は別の3社に間に入ってもらい、限度額に当たらないようにした。社内では、その3社は与信枠の限度額を超えないように間に入っている、と説明されていた。本便では、取引の経路に新しく会社が加わったこと自体が、確かめる手がかりになりえたと読んだ。
誤答の罠: 1を選びたくなる。枠が足りなくなったときの、普通の手順に見えるからである。報告書が書くのは、枠を広げる手続でなく、取引の経路に会社を足す方法だった。
Q3(判断分岐)
以下は、この事例を参考にした仮想の場面である。毎月のように、同じ取引先について与信超過の警告が出る。担当の副部長に照会すると、毎回「大口の季節案件で、来月には回収されます」と返ってくる。あなたが営業業務部の担当者なら、どうするのを本便は勧めるか。
回答を記録して、翌月の警告を待つ
回収予定日と金額を書面で出してもらい、その日に入金を確かめる。あわせて、同じ取引先との間に新しく会社が挟まっていないかを見る
副部長の上司に、一度確認してもらう
与信枠を引き上げて、警告が出ないようにする
正解: 2
解説: 報告書は再発防止策として、財務データを活用した不正防止の仕組みを作るよう提言している。答えを入金の記録で確かめ、取引の経路に新しい会社が加わっていないかを見る、という手順は、報告書の提言でなく、本便の提案である。
誤答の罠: 1は、この事例で実際に続いていた運用である。3も、上司が取引を詳しく知らなければ、同じ答えを聞き直すことになる。4は、照会のきっかけを消すだけで、返ってきた答えを確かめることにはならない。
監修者から一言
今週の3本目にこの事例を選んだのは、警告の仕組みは動いていて、照会を閉じたのは本人の答えだったからです。与信枠の警告も、毎月の滞留の通知も、担当の課へ届いていました。届いた先で答えを書いていたのが、取引を回していた本人でした。
私は、警告の照会を設計するとき、何が返ってきたら閉じてよいかを、答えた人の言葉と別の記録で決めるべきだと考えています。入金の日、倉庫の明細、取引の経路といった記録です。この事例の委員会自身も、調査では、直近4か月のうち3か月以上続けて与信超過の警告が出た取引先を拾い、その理由を調べていました。同じ警告の一覧は、使い方次第で調べる出発点になります。
もう1つ、与信枠が、副部長が一人で販売を決められる範囲の線でもあった点は重く読みました。報告書によれば、ある取引先への売上が限度額に達すると、副部長は別の会社を間に入れて、限度額に触れないようにしていました。枠を承認の代わりに使うなら、枠に収まるよう取引の経路が変わっていないかを誰が見るのかまで決めておくべきだと、私は考えています。
実務接続
今日、自社の与信超過や売掛金の滞留の通知を1件選び、直近3か月で同じ取引先に何回出たかと、そのたびに照会が何で閉じられたか(入金の記録、書面、口頭の説明)を書き出す。口頭の説明だけで閉じた回が続いていれば、その取引先の入金予定日に、入金があったかを確かめる。
出典(段落単位)
ダイワボウホールディングス株式会社「特別調査委員会による調査報告書受領に関するお知らせ」(2020年11月27日)、および添付の同社特別調査委員会(委員長 藤木久)「調査報告書(要約版)」。TDnet掲載のPDF(39頁)を取得し、原文で確認した。委員には同社の社外監査役2名(委員長を含む)と常勤監査役1名が含まれる。 https://www2.jpx.co.jp/disc/31070/140120201127428955.pdf
お知らせ 1.: 行為者の単独の行為との判断。
報告書 第1・第2(4〜5頁): 行為者の職歴(2012年4月から副部長)、2020年9月4日の告白、2020年9月30日の委員会設置、委員の構成。
報告書 第3(10頁): 循環取引の売上の推移(2019年度 18億9,200万円、課の売上の77.3%)。
報告書 第4 1(11〜12頁): 委員会による回転期間の分析(所属部の平均1.6か月に対し5か月超)と、3か月以上連続で与信超過の警告対象となった取引先の調査。
報告書 第5 1〜2(14〜21頁): 不正の期間(少なくとも2014年9月〜2020年8月)、手口、取引先を挟んだ与信限度額の回避、与信枠の範囲での単独の判断、2018年10月の転籍と後任への不引継ぎ、行為者の説明。
報告書 第5 3(23〜25頁): 外部倉庫の在庫確認の不備、財務部の滞留の通知と営業業務部の与信の警告、財務データの不活用。
報告書 第6(27〜28頁): 循環取引の売上の累計(約64億4,700万円)。
報告書 第8(30〜33頁): 原因の究明(社内の声、財務データが有効に活用されていなかったこと)。第9 3(34頁): 財務データを活用した不正防止の仕組みの構築の提言。
※太字は引用と強調の両方に用いている。引用は原文どおりで、全角・半角の表記も原文に従った(「A氏」と「A 氏」の空白の有無も原文のまま)。報告書の頁は印刷頁。
このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。
PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。
一行で返信いただければ、必ず私が読んで、私が返します。