おはようございます。昨日は、部下と銀行が気づいていたのに、2日間で約11億8,000万円が流出した国内の事案でした。
今日は海外の事例です。気づいた人は支店の行員で、その声は経営陣まで届いていました。
導入
2018年9月19日、デンマークの大手銀行が、エストニア支店の非居住者向け取引について、外部の法律事務所による調査報告書を公表した。
2007年から2015年までの9年間に、調査対象の約1万5,000の顧客を通じて流れた資金は、約2,000億ユーロ。調査が終わっていた約6,200の顧客のうち、大半が疑わしいと判断された。
支店のマネーロンダリング対策が明らかに不十分だったと、グループが認識する契機になったのは、支店の行員による内部告発と、それに続く内部監査部門の報告だった。それ以前にも兆候はあったが、報告書は、グループの認識を変えたのはこの2つだったと書いている。
2013年12月27日、エストニア支店の行員が1通のメールを送った。宛先は経営執行陣(Executive Board)の1人と、バルト地域の事業部門、グループのコンプライアンス・AML部門、内部監査部門の担当者。件名はこうだった。
内部告発 ── エストニア支店は、犯罪者と承知のうえで取引している(拙訳)
受け取った側の最初の動きは速かった。報告書はこう書いている。
告発を受け取った4人の間で、内部監査部門が、エストニア支店の外の人員を使って申し立てを調査することが、速やかに決められた。(拙訳)
内部監査部門は1月、申し立ての一部を事実と確認した。告発者はその後も追加の申し立てを送り続けた。
止まったのは、その後である。2014年の春から初夏にかけて、告発の処理は内部監査部門から法務部門に移った。法務部門は、告発と、上級職員が関わる不正についての情報をもとに、外部のコンサルティング会社に不正行為の調査を依頼した。報告書はこう続ける。
しかしこれは、経営執行陣の2人によって覆された。(拙訳)
代わりに5月27日、法務部門はコンプライアンス部門にこう依頼した。
この内部告発案件を終わらせる役割を引き受けてほしい(拙訳。報告書自身も原文からの訳と注記している)
このとき渡された「全リスト」からは、社内の共謀に関する申し立てなどが抜け落ちていた。6月16日、コンプライアンス部門は経営執行陣の2人に一覧を送り、以下に記載した対応項目のほかには、個別の申し立てについてこれ以上の対応は行わない(拙訳)と書いた。事実と確認された申し立ては5件、確認中が2件、未確認または一部確認が7件。7件については、ほとんど何の対応も示されていなかった。報告書は、内部告発の申し立てについて、追加の調査が行われたことを示す情報は見つからなかった(拙訳)と書いている。
ここが今日の分岐点である。7月7日、事業部門は内部監査部門に、報告書に載せる文言としてこう提案した。
内部告発者の申し立ては、すべて調査済みである。(拙訳)
10月24日付の内部監査部門の状況報告書は、事業部門のコメントに引き続き同意する(拙訳)として、この文言を載せた。
報告書の結論は短い。内部告発者が提起した申し立ては、適切に調査されなかった。(拙訳) そして、経営執行陣と取締役会はいずれも根拠のない安心を再び与えられた。当局への報告も行われなかった。(拙訳)
Q1
告発メールを受け取った直後の対応として、報告書の記載に合うものはどれか。
1. 受け取った経営陣が告発を握りつぶし、誰にも共有しなかった
2. 受取人の間で、支店の外の人員による内部監査部門の調査が速やかに決まった
3. 支店長に調査を任せた
4. ただちに当局に報告した
正解: 2
解説: 最初の動きは速く、しかも支店の外の人員を使うという配慮まであった。内部監査部門は申し立ての一部を事実と確認している。入口は機能していた。
誤答の罠: 1を選びたくなる。告発が無視された事案、と覚えている人も多い。ただ報告書を読むと、告発は届き、調査も始まっている。問題はその先で起きた。
Q2
2014年10月の内部監査部門の状況報告書に、告発について載った文言はどれか。
1. 申し立てのうち7件は未確認のため、調査を継続する
2. 申し立ては、すべて調査済みである(事業部門の提案した文言に同意)
3. 申し立ては事実無根と判明した
4. 申し立ては当局に報告済みである
正解: 2
解説: 文言の出どころは、エストニア支店を所管する事業部門だった。6月の一覧で未確認または一部確認とされた7件について、報告書は、その後に追加の調査が行われたことを示す情報を見つけていない。監査部門の報告書に残ったのは、追加調査の結論でなく、調べられる側が提案した一文だった。
誤答の罠: 3は違う。5件は事実と確認されていた。事実無根とされたのではなく、調べ切ったことにされた。
Q3(判断分岐)
自社で、内部通報の案件を「対応完了」として閉じる報告書を作っている。事実と確認された件は対策に回した。確認できなかった件が数件残っている。最も効くのはどれか。
1. 確認できなかった件は記載せず、対策の進捗を中心に報告する
2. 「すべての申し立てを調査済み」とまとめる
3. 確認できなかった件を列挙し、それぞれを誰が、何を根拠に閉じるのかを書く
4. 事業部門に最終報告の文案を作ってもらう
正解: 3
解説: 閉じる判断そのものは、ありうる。問題は、何を閉じずに閉じたのかが紙から消えることである。未確認の件が一覧に残っていれば、後から読む人はそこから再開できる。
誤答の罠: 4は効率的に見える。ただ今日の事案では、文言を提案したのは告発の対象となった支店を所管する事業部門で、監査部門はそれに同意した。
監修者から一言
この事案は、内部告発が無視された話として単純化したくなります。報告書を読むと、少し違います。
告発は4人の宛先に届き、年明けには支店の外の人員による調査が始まり、一部は事実と確認されています。入口は動いていました。止まったのは、外部の調査が覆され、法務からコンプライアンスへ「終わらせる」役が回り、リストから項目が抜け、最後に「すべて調査済み」の一文が監査の報告書に載ったときです。どの一歩も、手続としては誰かが引き受けています。
内部通報制度の議論は、窓口の数や匿名性など、入口の話に寄りやすいと感じています。この報告書が示しているのは、出口の設計のほうです。誰が「終わり」と言えるのか。その判断に、告発された側の言葉が入っていないか。
通報対応の体制を点検するときは、閉じた案件のうち、確認できなかった申し立てがどこに記録されているかを確かめてください。この問いに答えられるかどうかで、出口の設計が見えます。
実務接続
今日、直近に「対応完了」とした内部通報の案件を1件開き、確認できなかった申し立てが、報告書のどこに書いてあるかを探す。見つからなければ、その案件の閉じ方を見直す。
出典(段落単位)
· Bruun & Hjejle「Report on the Non-Resident Portfolio at Danske Bank's Estonian branch」(19 September 2018)。Danske Bank A/S の依頼による調査報告書。報告書本文PDFを取得し、原文で確認した。 https://danskebank.com/-/media/danske-bank-com/file-cloud/2018/9/report-on-the-non-resident-portfolio-at-danske-banks-estonian-branch.pdf
· 同報告書 Executive summary 項6・7・10 ── 調査対象の約1万5,000顧客、約950万件の支払い、2007〜2015年の資金の流れ約2,000億ユーロ、約6,200顧客の調査で大半が疑わしいと判断されたこと。項20・21 ── 経営執行陣と取締役会が根拠のない安心を与えられたこと、当局への報告がなかったこと、告発の申し立てが適切に調査されなかったこと。
· 同報告書 §9.4.1 ── 2013年12月27日の告発メール(宛先・件名)、受取人の間で内部監査部門による調査が速やかに決まったこと、2014年1月7日の経営執行陣への報告。§9.4.2 ── 内部監査部門が申し立ての一部を確認したこと。
· 同報告書 §9.4.8 ── 外部コンサルティング会社による調査が経営執行陣の2人に覆されたこと、2014年5月27日の法務部門からコンプライアンス部門への依頼、リストから社内共謀等の申し立てが漏れていたこと、6月16日の一覧(確認5件・確認中2件・未確認等7件)、追加調査の情報がないこと、7月7日の事業部門の文言と10月24日付の内部監査部門の状況報告書。
· 同報告書 §1.3 ── 非居住者ポートフォリオは2015年後半に終了し、最後の口座は2016年初に閉鎖されたこと。
· ※本文中の英語の日本語訳は拙訳である。
このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。
PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。
このメールには返信できます。感想・異論・「うちの会社ではこうだった」という実例、どれも歓迎です。
水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』
このレターが役に立ちそうな方がいたら、転送してあげてください。
登録ページ: compliance-map.beehiiv.com