おはようございます。
今週は、報告書が原因として何を書いたかを読んでいます。
今日の1本は、これまでの3本と少し違います。
法令や規程に違反していない判断が、報告書で名指しされた事例です。
なお、死亡事故を伴う事案です。事故そのものの描写はせず、判断が分かれた場所だけを扱います。
導入
2020年9月、米下院運輸・インフラ委員会が、ある航空機の設計・開発・認証についての最終報告書を公表した。
機体には、自動で機首を下げる制御システムが搭載されていた。委員会は、製造会社が社内で行っていた試験のデータについて、こう書いている。
同社は、飛行シミュレーターにおいて、指令によらない当該システムの作動を診断し対応するのに、同社のテストパイロットが10秒を超える時間を要したことを示す社内試験データを隠していた。そのパイロットは、その状況を「破滅的」と評していた。(拙訳)
ここまでなら、よくある隠蔽の話に見える。ところが、報告書は次の文でこう続ける。
同社はこの情報をFAA(連邦航空局)にも顧客にも共有することを求められてはいなかったが、それでも、これは考えられないことであり、許しがたいことである。(拙訳)
求められてはいなかった。報告書が、そう書いている。
開示義務は無かった。規程にも違反していない。そのうえで、考えられない、許しがたい、と書いた。ここが今日の分岐点である。
同じ段落には、もう一つの判断も書かれている。
同社はこの情報をFAAとパイロットの双方から隠しただけでなく、大半の機体でAOA Disagree警報が作動しないと知りながら、顧客への機体の納入を続けた。(拙訳)
Q1
報告書が、社内試験データについて書いている内容として正しいものはどれか。
1. データは存在せず、試験自体が行われていなかった
2. テストパイロットが10秒を超えて対応に要したデータがあり、パイロットはその状況を「破滅的」と評していた
3. 試験結果は良好で、問題は現場の操縦技量にあった
4. データは当局に提出済みだったが、当局が見落とした
正解: 2
解説: データはあった。社内では「破滅的」と評されていた。社内では分かっていたという点が、この事案の中心にある。
誤答の罠: 4は、当局の責任に寄せた読み方になる。報告書は当局の認証プロセスも厳しく批判しているが、この段落が扱っているのは会社側の判断である。
Q2
この情報の開示について、報告書はどう書いているか。
1. 開示義務に違反していた
2. 開示義務は無かったが、それでも考えられず許しがたいと評価した
3. 開示の要否は判断がつかないとした
4. 開示は競争上の秘密として正当化されるとした
正解: 2
解説: not required to share と明記したうえで、inconceivable and inexcusable と書いている。義務の有無と、出すべきかどうかを分けている。
誤答の罠: 1を選びたくなる。ただ、報告書が義務違反でないと認めていることのほうが、実務には効く。義務が無くても問われる領域がある、という話になるからである。
Q3(判断分岐)
自社製品の社内試験で、規格は満たすが想定より悪い結果が出た。開示義務のある数値ではない。顧客への説明義務も契約上は無い。どう扱うのが最も安全か。
1. 開示義務が無いので、社内記録にとどめる
2. 数値そのものでなく、その結果をどう評価し、なぜ出荷可能と判断したかを記録に残す
3. 追加試験を行い、良い結果が出るまで待つ
4. 顧客に口頭で伝え、記録は残さない
正解: 2
解説: 出す・出さないの前に、判断の理由を残す。義務が無い領域で後から問われるのは、隠したかどうかではなく、知ったうえで何をどう考えたかである。2を選べば、後で出すという選択肢も残る。
誤答の罠: 4が最も危ない。伝えた事実も、判断の理由も、どちらも残らない。善意でやっていても、後から見ると隠したように見える。
監修者から一言
義務が無いのに問われる、という話はご相談の場でも扱いにくいところです。法令上の開示義務はありません ── そう答えて終えてしまえば、その場は収まります。
ただ、この報告書は、義務が無いと認めたうえで、許しがたいと書きました。事後に第三者が読むときの基準は、義務の有無ではなく、知っていたかどうかに寄ります。
私がお勧めしているのは、出す・出さないを先に決めないことです。先に決めるのは、判断の理由を残すことのほうです。理由が残っていれば、後から出す判断もできますし、出さなかった理由も説明できます。
今週の月曜から今日までの3本は、目標の配り方、処分の記録、そして知っていた情報の扱いでした。どれも、現場の逸脱ではなく、上の判断が名指しされています。
実務接続
今日、社内試験や監査で「規格内だが想定より悪い」結果が出たときの扱いを、1行で決める。数値を出すかどうかではなく、評価と判断理由をどこに書くかを決める。
出典(段落単位)
· U.S. House Committee on Transportation and Infrastructure「Final Committee Report: The Design, Development & Certification of the Boeing 737 MAX」(September 2020)── 社内試験データ(テストパイロットが指令によらないMCAS作動の診断・対応に10秒超を要し、当該パイロットがその状況を "catastrophic" と評したこと)を隠していたこと、この情報をFAAおよび顧客に共有する義務は無かったと認めたうえで "inconceivable and inexcusable" と評価していること、AOA Disagree警報が大半の機体で作動しないと知りながら納入を続けたこと。報告書本文PDFを取得して原文で確認した。 https://democrats-transportation.house.gov/imo/media/doc/final_boeing_737_max_report1.pdf
· ※本文中の英語の日本語訳は拙訳である。
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水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』
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