おはようございます。昨日は、国内の精密部品メーカーで、測定データを保存する画面に、数値を規格内に書き換える操作が組み込まれていた事案でした。
今日の「警告は出ていた」は、発注の画面です。英国の証券子会社で、誤って入力された注文に711件の警告が出ていながら、注文の一部が市場に出ていった事例を読みます。
導入
2024年5月17日、英国の金融行為規制機構(FCA)は、米大手銀行グループの、ロンドンに本社を置く証券子会社に、2,776万6,200ポンドの制裁金を科した。会社は和解の手続で解決に同意し、30%の減額を受けた。減額がなければ3,966万6,000ポンドだった。処分の理由は、会社の取引のシステムと統制の不備である。以下の事実は、当局の最終通知の記載である。通知は、これが故意の注文でないことも明記している。念のため述べると、この取引の事故は誤った注文に関するもので、意図的に出された注文ではない。(拙訳)
2022年5月2日、英国の祝日の朝。株式の先物やスワップを扱うデスクのトレーダーが、顧客との取引のリスクを打ち消すため、欧州の株式をまとめたバスケットを5,800万ドル分売る注文を作っていた。バスケットを組む補助のツールがこの朝は使えず、トレーダーは08:54、発注システムに直接入力した。5,800万という数字は、金額の欄でなく、数量の欄に入った。できあがったのは、13か国・349銘柄、合計4,440億ドルのバスケットだった。
入力を確かめた欄も、正しい数字を出していなかった。基準価格を取りにいく外部のデータが取れず、システムは価格の代わりに −1 を掛けていた。トレーダーが見た評価額の欄は −58,000,000 で、それは見ると思っていた数字だった。(拙訳) 画面のほかの欄には、合計の金額が正しく出ていた。
ここが今日の分岐点である。08:56、発注システムに「Trade Limit Warning(取引上限の警告)」の枠が開いた。
これにより、トレーダーには711件の警告が示された。解除できない上限の警告と、解除できる警告とが1つの枠に並び、受け取った人がスクロールしないかぎり、すぐに見えるのは最初の18行だけだった。(拙訳)
通知は、この枠の作りをこう書く。この枠は、警告の一覧のうち最初の18行しか、スクロールせずには見えない設定になっていた。システムは、先へ進む前に警告の一覧をスクロールして見ることを、トレーダーに求めていなかった。(拙訳) 残りの693件を見るには、18件ずつ送っていく必要があった。
711件の大半は解除できる警告で、主に、1つの銘柄の注文が5,000万ドルを超えている、または1日の平均出来高に対して30%を超えている、というものだった。バスケット全体の合計が1億ドルを超えたという警告も出ていた。ただ、その警告に金額は出ていなかった。市場のデータが無かったためで、表示はこうだった。「Due to lack of market data, Wave notional cannot be found(市場データが無いため、合計金額が見つかりません)」。
選べるボタンは2つで、「Override soft warnings(解除できる警告を解除する)」か「Cancel all(すべて取り消す)」だった。トレーダーは前者を押した。解除できない上限に掛かった58注文、2,480億ドル分はそこで止まった。続く確認の枠には291注文・約1,960億ドルと出ており、トレーダーは「OK」を押した。注文はアルゴリズム取引のシステムに送られ、分けて市場に出されていった。
警告は、市場に出た後にも出ていた。08:56:40からの6秒間に、1注文2,500万ドルを超える注文が入ってきたという情報アラートが284件、監視の画面に上がった。その8分前の08:48、社内の注文の監視デスクは、休暇の予定のため、役目を顧客の注文を見るデスクに引き継いでいた。通知によれば、引き継ぎはこう成り立っていた。社内の注文の監視デスクに人がいないときは、その役目は顧客の注文を見るデスクに移る、という一般的な理解があった。(拙訳) そして、引き継いだデスクについてはこう書く。このデスクは、社内のデスクが使うシステムで注文が停止されるのを、普段は監視していなかった。(拙訳)
このデスクは、284件の情報アラートも、注文の停止のアラートも上げなかった。市場が下がる間、社内のデスクに電話をかけ、ニュースを確かめて原因を探していたが、自社の注文と結び付けなかった。もう1つの事後監視のチームでは、システムが関連する情報アラートを8件を残して除外していた。このチームがメールで知らせたのは、取消の20分後の09:31だった。返信が無く、4時間後に改めて連絡した。
09:07、トレーダーは自分のリスクの画面で、売り越しが急に膨らんでいるのを見て誤りに気づき、09:10:30に注文をすべて取り消した。その時点で、14億ドル分の売りが欧州の取引所で約定していた。同じ時に、欧州の主要な株価指数が数分間大きく下がった。MSCI Europe ex UK 指数は、誤ったバスケットの取引が始まってから5分以内に、前日の終値と比べて4%強下がった。当局は、事故がこの下落と同じ時に起きたと書いている。会社の損失は4,800万ドルだった。
通知が「決定的」と書くのは、バスケットの合計金額で止める上限が無かったことである。決定的なのは、発注システムにバスケット単位の合計金額の止める上限があれば、この取引の事故は起きなかったことである。(拙訳) 同じ会社のニューヨークのデスクには、2013年5月からその上限があり、事故の日には40億ドルに設定されていた。会社は事故の11日後、この発注システムにも40億ドルの上限を入れた。
Q1
当局の通知によれば、08:56に開いた警告の枠は、どういう作りだったか。
重大な警告から順に並び、すべて読むまで先に進めなかった
711件が1つの枠に並び、スクロールせずに見えるのは最初の18行で、スクロールしなくても先へ進めた
警告は1件ずつ表示され、1件ごとに確認が要った
警告はトレーダーには出ず、監視デスクにだけ届いた
正解: 2
解説: 枠には解除できない上限の警告と解除できる警告が混ざって並び、残りの693件を見るには18件ずつ送る必要があった。システムはスクロールを求めず、解除できる警告はボタン1つでまとめて解除できた。当局は、この枠の仕組みを見直さなかったことを違反の1つに挙げている。トレーダーが、1つの枠に並んだ、解除できる複数の警告を、必ずしもスクロールしたり読んだりせずに解除できる仕組みを、見直さず、改めることも検討しなかった。(拙訳)
誤答の罠: 1を選びたくなる。警告の画面は、大事なものが上に来るはずだと考えやすい。この枠の711件の大半は1銘柄ごとの解除できる警告で、合計金額の警告には金額が出ていなかった。
Q2
通知によれば、休暇の予定で社内の注文の監視を引き受けたデスクは、普段は何を見ていたか。
社外の顧客から来る注文の流れと、執行の質
社内のデスクから出た注文の停止
市場全体の価格の急変
トレーダー個人の取引の記録
正解: 1
解説: 引き継ぎは、監視デスクに人がいないときは顧客の注文を見るデスクに役目が移る、という一般的な理解で成り立っていた。引き継いだデスクは、社内のデスクから出た注文の停止を普段は監視していなかった。当局は、このデスクが284件のアラートに応じず上げなかったことを、監視の不備と認定している。本便では、役目は引き継がれていたが、社内の注文を見る習慣は引き継がれていなかったと読んだ。
誤答の罠: 2を選びたくなる。役目を引き継いだのだから、同じものを見ていたはずだと考えやすい。このデスクは市場の下落中も動いていたが、原因を社内の注文に結び付けなかった。
Q3(判断分岐)
仮に、自社の発注画面で、1回の注文に700件を超える警告が出る設計になっていると分かったとする。ほとんどは日常的に出る、解除できる警告だとする。リスク管理の責任者として、最初に変えることとして本便が勧めるのはどれか。
トレーダーに、警告は全件スクロールして読むよう通知する
注文全体の合計金額で止まる上限(解除できないもの)をバスケット単位で設け、警告は重要なものが一番上に1行で出るよう並べ替える
警告の件数を毎月集計して報告する
研修で過去の誤発注の事例を共有する
正解: 2
解説: この事例では、合計金額で止める上限が無く、合計金額の警告は金額を出せず、711件の中に埋もれていた。合計金額の止める上限が無かったことは、当局の通知が「決定的」と指摘した点である。警告を重要な順に並べ、一番上の1行で用が足りるようにする、という手順は、通知の提言でなく、本便の提案である。
誤答の罠: 1は、人に読む手間を足す是正である。この設問の仮定のように警告が日常的に大量に出ているなら、ある朝だけ全件を読むことは期待しにくい、というのが本便の見解である。3と4は、誤った注文が市場に出る前に止める手段にならない。
監修者から一言
この事例を週の2本目に選んだのは、警告は711件出ていたのに、止めるべき注文を止める上限が無かったからです。当局は、警告の枠の設計と、合計金額の上限が欠けていたことを、統制の不備と認定しています。合計金額の警告は金額を出せないまま711件の中にあり、私はそれを、数の多さに埋もれたと読みました。
入力を誤ったのはトレーダーで、当局が処分したのは会社のシステムと統制です。私はこの線引きに賛成します。数量の欄に金額を入れる誤りは、どの職場でも起こりえます。問われるべきは、その1回の誤りが市場まで届く道が開いていたことです。
私は、警告を足すことより先に、解除できない上限が、本当に止めたいものに1本掛かっているかを確かめるべきだと考えています。この会社には、ニューヨークのデスクにその1本があり、ロンドンのデスクには無かった。同じ会社の中でも、統制は拠点ごとに確かめないと分かりません。
実務接続
今日、自社の業務システムで、1回の操作に出る警告の件数が最も多い画面を1つ選び、担当者に「その警告のうち、出たら必ず止めるべきものはどれか」を聞く。そのうえで、それが押せば進める警告なのか、押しても進めない上限なのかを、画面で確かめる。
出典(段落単位)
Financial Conduct Authority「FINAL NOTICE」To: Citigroup Global Markets Limited, Reference Number 124384(17 May 2024)。当局の最終通知。原文PDF(33頁)を取得し、原文で確認した。 https://www.fca.org.uk/publication/final-notices/citigroup-global-markets-limited-2024.pdf
同 para 1.1〜1.2・2.9〜2.12: 制裁金と和解手続による30%の減額、違反の内容。para 2.3〜2.8: 会社の概要と事故の要約。
同 para 4.8〜4.24: デスクと発注システム、止める上限と解除できる警告の設定(ニューヨークのデスクの上限を含む)、監視の体制と引き継ぎ。
同 para 4.25〜4.40: 2022年5月2日の入力、評価額の欄、警告の枠(711件・18行)、2つのボタン、確認の枠、アルゴリズム取引のシステムでの停止と約定、取消。
同 para 4.41〜4.48: 監視の引き継ぎ、284件の情報アラート、事後監視のチームのメール、事故後の上限の追加と見直し。para 5.5〜5.6: 違反の詳細。
※本文中の英語の日本語訳は拙訳である。太字は引用と強調の両方に用いている。
このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。
PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。
一行で返信いただければ、必ず私が読んで、私が返します。