おはようございます。昨日は、米国の小さな市の会計責任者が、約20年にわたり、自分だけが管理する口座を通して市の資金を着服していた事案でした。

今週最後の今日は、舞台を海外子会社に移します。取引先との対外折衝は特定の担当者に属人化し、帳簿の外の処理は子会社の経理部門の裁量で行われていました。限られた担当に業務と判断が集まり、親会社からは見えていなかった事例です。本便では、親会社から見ると、子会社そのものが1つの閉じた箱になっていたと読みました。

導入

2026年9月14日、国内のIT系上場会社が、ベトナムの子会社に関する社内調査の結果を公表した。子会社で、会計帳簿に載っていない現金、約2,400万円が見つかった件である。グループの従業員2,060人(2026年3月末、有期雇用等を含む)のうち1,222人が、この子会社に所属している。

子会社は、2013年頃から、現地の教育機関と教育支援の事業を続けていた。お金の流れについて、調査結果はこう書いている。

現地教育機関から SVN (※筆者注:本件上場会社のベトナム子会社)所属の日本語講師に支払われた講義料を SVN 経理が回収し、これらの資金等を原資として現地教育関係者への報酬支払いを会計帳簿に計上していなかった

講師から回収したお金も、教育関係者へ出ていくお金も、帳簿を通っていない。会社は、講師からの回収を講師との合意に基づく受贈、教育関係者への支払いを長年の事業での役務の対価と判断している。そのうえで、原因を3つ挙げた。その2つ目と3つ目が、今週のテーマに重なる。

特定の SVN 担当者による対外折衝業務が長期間にわたり属人化しており、他者による牽制が働きにくい状況にあった

そして、SVN 経理部門の裁量による独断での帳簿外処理の実行など、海外子会社に対する親会社のモニタリングと内部統制が不十分だった、と。

ここが今日の分岐点である。会社の分析によれば、教育機関との対外折衝は特定の担当者に長期間属人化し、帳簿の外の処理は子会社の経理部門の裁量で独断により行われ、親会社によるモニタリングは不十分だった。限られた担当に業務と判断が集まり、親会社からは見えていなかったことになる。調査結果は、経営陣は、本件簿外現金の存在やその管理方法について、認識していなかったと認定されておりますと書いている。

見つかったのは、2026年6月以降の内部監査の過程だった。内部監査室長と常勤監査等委員が子会社に行ったオンラインのヒアリングで、会計帳簿に計上されていない現金が存在する可能性を認識し、現金実査において当該現金の存在を確認した。会社は8月13日、半期報告書の提出期限(8月14日)を延長する承認申請書の提出を決め、8月14日に延長の承認を受けた(延長後の期限は9月14日)。調査は会社の内部監査室と顧問弁護士が担い、8月7日から9月8日まで、日本法とベトナム法の両面から、資料の精査、関係者へのヒアリング、電子データのフォレンジック調査を行った。

Q1

帳簿に載っていない現金が見つかったきっかけとして、会社の開示に合うものはどれか。

1. 会計監査人の期中レビューで、残高の不一致が見つかった

2. 内部監査室長と常勤監査等委員のオンラインのヒアリングで可能性に気づき、現金実査で確かめた

3. 現地の従業員から内部通報があった

4. 現地の税務当局の調査で指摘された

正解: 2

解説: 会社の8月13日付の開示によれば、ヒアリングで可能性を認識し、現金を実際に数えて存在を確かめた。本便の見解では、帳簿上の数字の確認だけでは、簿外の現金を把握できないおそれがある。

誤答の罠: 1を選びたくなる。会計監査人が出てくるのは発見の後で、追加の期中レビュー手続が必要だと会社に説明している。

Q2

会社が原因分析で挙げたものとして、正しいものはどれか。

1. 経営陣が帳簿外の処理を指示していた

2. 特定の担当者による対外折衝業務が長期間属人化し、他者による牽制が働きにくかった

3. 現地の法令が帳簿外の処理を求めていた

4. 教育関係者への支払いが贈賄と認定された

正解: 2

解説: 会社は原因を3つ挙げている。内部統制に対する意識の不足、特定の担当者による対外折衝業務の属人化と牽制の不足、そして、子会社の経理部門の裁量による独断での帳簿外処理の実行など、親会社のモニタリングと内部統制が不十分だったことである。

誤答の罠: 4を選びたくなる。会社は、教育関係者への支払いを、長年の教育支援事業での役務への対価(報酬)としての性質を持つと判断している。1も誤りで、経営陣が認識したうえで指示・承認した事実は確認されていない。

Q3(判断分岐)

自社の海外子会社で、現地の取引先との窓口を長年1人の担当者が務めている。その取引に絡むお金の出し入れは、現地の経理が扱っている。親会社として、最初にやるべきことはどれか。

1. 子会社の月次の財務数値を、これまでより細かく分析する

2. 現地の担当者と経理に、帳簿に載っていないお金や預かり金がないかを直接聞き、現金と口座を実際に確かめる

3. 担当者をすぐに交代させる

4. 子会社の役職員から、規程を守る旨の誓約書を集める

正解: 2

解説: 今日の事例で帳簿外の現金が見つかったのは、ヒアリングと現金実査だった。本便の見解では、帳簿上の数字の確認だけでは、簿外の現金を把握できないおそれがある。最初に聞き、数える、という順番は会社の開示にある提言でなく、本便の提案である。

誤答の罠: 3は再発防止策の方向(属人化の防止と職務分掌)と重なって見える。ただ、担当の交代だけで見つかるとは限らず、引継ぎの際の聴取と実査が要る、というのが本便の見解である。

監修者から一言

今週の最後にこの事例を選んだのは、業務と判断が限られた担当に集まると、親会社から見て子会社そのものが閉じた箱になりうると読んだからです。

親会社に届くのは、主に帳簿から作られた数字です。帳簿上の数字の確認だけでは、帳簿の外の現金を把握できないおそれがあります。今回それが見つかったのは、ヒアリングと現金実査を通じてでした。

もう1つ、会社は支払いそのものを役務の対価と判断しています。私が大事だと思うのは、使い道が正当であっても、帳簿の外で回っている間は、親会社がそれを確かめにくくなるという点です。対外折衝が特定の担当者に属人化し、お金の扱いが現地の裁量で決まると、確かめるための材料も子会社の中にとどまりやすいと考えています。

実務接続

今日、海外子会社を1社選び、現金実査を最後にいつ、誰が行ったかを確かめる。答えが出ないなら、現地の経理責任者に、帳簿に載っていない現金や預かり金がないかを直接聞く日程を決める。

今週のまとめ(第47〜51便)

今週は「1人で完結していた」をテーマに、報告書や当局の文書を5本読みました。国内3本、海外2本です。

月曜、国内の上場会社の販売子会社。1人の担当者が、仕入から売掛金の消込まで、すべての工程を単独で処理していた。在庫の二重計上の指摘が監査役から伝えられたあとも、棚卸表には数えないままチェックマークが付いていた。

火曜、スイスの大手銀行のロンドン拠点。トレーダーは社内の取引を1人で記帳でき、照合で出た食い違いは、本人の説明が受け入れられて消えた。

水曜、国内の大手銀行の貸金庫。予備鍵の管理も、貸金庫室入口のカメラの確認も、同じ1人が担っていた。

木曜、米国の市の会計責任者。市を名義とする秘密の口座を1人で管理し、その取引明細も本人の手を通っていた。口座が見つかったのは、休暇の代行者が明細を取り寄せたときだった。

金曜、今日取り上げた、国内のIT系上場会社のベトナム子会社。教育機関との対外折衝は特定の担当者に属人化し、帳簿の外の処理は子会社の経理部門の裁量で行われていた。経営陣は簿外の現金を認識していなかった。

5本を並べると、1人(今日の事例では限られた担当)が担っていたのは、仕事そのものだけではありませんでした。月曜から木曜の4本では、その仕事を確かめるための材料、つまり棚卸の記録、食い違いの説明、入口のカメラ、銀行の取引明細も、同じ人の手の中にありました。点検の仕組みがあった事例もあります。それでも、確かめる材料を確かめられる側が用意していれば、点検はその人の説明をなぞることになります。

今日の一問(返信で教えてください)

あなたの会社で、担当者本人しか目を通していない「確かめるための材料」は、どれに近いですか。

·       A 銀行口座の取引明細

·       B 在庫や現金を実地で確かめた記録(棚卸・実査)

·       C 照合で出た食い違いの説明

·       D 分からない・思い当たらない

このメールに返信して、A〜Dの一文字だけ送っていただければ十分です。

出典(段落単位)

·       株式会社Sun Asterisk「海外連結子会社に関する社内調査結果及び再発防止策に関するお知らせ」(2026年9月14日)。添付「調査結果」を含む。内部監査室と同社の顧問弁護士を中心とした社内調査の結果。原文PDFを取得し、原文で確認した。 https://www2.jpx.co.jp/disc/40530/140120260914536047.pdf

·       同お知らせ 添付「調査結果」── 2013年頃からの教育支援事業に関する帳簿外の資金授受と約24百万円の簿外現金(1.(1))、調査の体制と期間(2026年8月7日〜9月8日、日本法・ベトナム法の観点、フォレンジック調査)(1.(2))、講師からの回収を受贈、教育関係者への支払いを役務への対価と判断したこと(1.(3))、経営陣が簿外現金を認識していなかったとの認定(2.)。

·       同お知らせ 本文 ── 原因分析3点(2.)と再発防止策6点(3.)、財務諸表への影響と会計処理(4.)。

·       同社「2026年12月期半期報告書の提出期限延長に関する承認申請書提出のお知らせ」(2026年8月13日)── 内部監査室長と常勤監査等委員のオンラインヒアリングと現金実査による発見、会計監査人の説明、提出期限(8月14日)と延長が承認された場合の期限(9月14日)。同社が適時開示したもの。原本PDF(同社IRページ掲載版の保存コピー)を取得して確認した。同「2026年12月期半期報告書の提出期限延長申請に係る承認のお知らせ」(2026年8月14日)── 延長の承認と延長後の提出期限(9月14日)。原本PDF(同上の保存コピー)を取得して確認した。同「2026年12月期半期報告書の提出期限延長に係る承認申請の検討に関するお知らせ」(2026年8月7日)── 2026年6月以降の現金実査と内部監査の過程での確認。

·       同社「2026年12月期 第2四半期決算説明資料」(2026年9月14日)p.40 ── 従業員数(2026年3月末実績、有期雇用等含む。グループ2,060人、うちベトナム子会社1,222人)。 https://www2.jpx.co.jp/disc/40530/140120260914536190.pdf

·       (今週のまとめ)第47便=アイサンテクノロジー株式会社 特別調査委員会「調査報告書」(2026年6月12日付・6月19日公表)/第48便=Financial Services Authority「Final Notice」To: UBS AG(2012年11月25日)/第49便=株式会社三菱UFJ銀行「元行員の不祥事について」(2024年11月22日)ほか同行の公表資料/第50便=U.S. Attorney's Office, Northern District of Illinois の公表資料と有罪答弁合意書(2012年)。

·       ※本文中の引用(太字)は会社の開示文書からの逐語引用である。太字は強調にも用いている。引用の中の「SVN」は、開示文書がベトナム子会社に用いている略称である。

このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。来週もよろしくお願いします。

PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。

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水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』

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