おはようございます。昨日は、国内の電子部品メーカーの海外子会社2社で、裁判官への金銭供与の可能性や税関職員への長年の現金支払があり、本社は拠点を現地任せにしていた事案でした。
今日は、米国の会社の中国子会社です。昨日と違うのは、お金の一部が親会社の手から直接、現地の旅行代理店に送られていたことです。それでも、その送金の目的や使い道は、十分に記録されていませんでした。
導入
2023年8月25日、米国証券取引委員会(SEC)は、米国の大手製造業の会社に対する行政処分の命令を出した。舞台は、同社の中国の子会社である。命令は和解によるもので、会社は命令書の事実認定を認めても否定してもいない。以下は、すべて命令書の記載である。
命令書によれば、少なくとも2014年から2018年にかけて、子会社の社員たちは、国有の医療機関に勤める医療関係者(命令書は「中国の政府職員」と呼んでいる)を、海外の学会、研修、医療施設の見学に参加させていた。SECはこう認定している(同社は認否していない)。
表向きは子会社のマーケティングと普及活動の一環とされていたが、実際には多くの場合、国有の顧客から取引を得て維持するために、関係者に海外旅行、観光、娯楽を提供する口実だった。(拙訳)
中心にいたのは、子会社の元マーケティング・マネージャーである。中国の旅行代理店2社と通じ、営業、マーケティング、専門サービスの部門の社員数人がそれを手伝った。
社員たちは、国有の顧客の中から影響力のある関係者を選び、旅行代理店と一緒に旅程を作った。
正規の業務、研修、マーケティングの各種活動を盛り込んだ旅程を作り、子会社のコンプライアンス担当者の承認を得るために提出した。(拙訳)
これとは別に、行事の開催地やその周辺での観光を並べた「別の旅程」があり、こちらが参加する関係者に渡された。別の旅程は、手渡しか、社員個人のWeChat(中国の対話アプリ)で回された。社員たちは、
参加者にその日程を隠しておくよう求め、海外旅行の一部として計画していた観光について、はっきり否定するか、触れない形で、社内のコンプライアンス書類を偽った。(拙訳)
観光を含む海外の行事は、少なくとも24回あった。命令書は例を4つ挙げている。2017年の9日間の旅行には11人が参加した。正式な日程では毎日が行事だったが、別の旅程で行事に充てられていたのは1日だけで、残りの大半は観光だった。少なくとも一部の参加者は英語を理解できず、通訳も付いていなかった。この旅行と、同じ年にあった7日間の旅行は、どちらも行き先に、親会社の本社があるミネソタ州セントポールを含んでいた。
2016年のシカゴへの8日間の旅行には5人が参加し、うち2人は配偶者を伴っていた。1人は配偶者と、行事が始まったあとの夕方にシカゴを離れ、行事が終わってから戻った。別の1人は行事に1日だけ出て、シカゴを離れ、戻らなかった。残る3人は、行事の予定が組まれたほぼ毎日を、丸一日の観光に使った。
関係者たちは行事の会場で姿を見られておらず、会社側が彼らのために用意した夕食会にも出席しなかった。(拙訳)
費用はどう記録されたか。命令書によれば、2014年から2017年にかけて、子会社は観光を含む少なくとも24回の旅行に100万ドル近くを支出した。
これらの旅行の費用は、観光が含まれていたことを何も示さないまま、正当な事業経費として会社の帳簿と記録に誤って計上された。(拙訳)
社員の一部は、旅行の後に、その顧客への売上を追っていた。子会社の経営陣は、行事の前と後の売上を比べて、行事の「投資対効果」を尋ねていた。SECは、会社が売上の増加によって少なくとも350万ドルの利益を得たと認定している(同社は認否していない)。
ここが今日の分岐点である。社員たちは、親会社から旅行代理店の1社へ直接、資金が送られるよう手配していた。その資金は、観光の費用の一部を埋めるのに使われた。
子会社は、この資金の使い道を監督していなかった。資金は特定の案件に割り当てられず、旅行代理店と子会社の社員の裁量で配られた。(拙訳)
送金そのものについて、命令書はこう書く。
会社の記録によれば、2016年2月から2018年9月までに、会社は旅行代理店に対し、あいまいに記された「マーケティング」の取組みのために、計15回、総額25万4,000ドルを送金した。(拙訳)
そして、会社の送金に対する統制は不十分で、送金は資金の目的や使い道を十分に記していなかった。(拙訳)
旅程の審査は子会社の中にあり、偽の書類で通された。送金は親会社から出ていたが、目的や使い道の記録は十分でなく、子会社も使い道を監督していなかった。本便では、審査と送金のどちらの経路でも、お金の行き先を確かめる材料が、送る側に届いていなかったと読んだ。
SECが違反としたのは、米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)のうち、会計帳簿と内部会計統制の2つの条項である。SECに証券を登録している会社は、取引を合理的な詳細さで正確に反映した帳簿を作って保持し、取引が経営者の承認どおりに行われることなどを合理的に保証する内部会計統制の仕組みを整備・維持しなければならない。命令書は、旅行と観光の費用が子会社で正当な経費として記録され、親会社の帳簿に連結されて帳簿を不正確にしたとする。そして、
会社は、取引先への国境を越えた送金について、十分な内部会計統制の仕組みを整備・維持しておらず、それがこの企てを助けた。(拙訳)
贈賄禁止条項の違反は、命令書には含まれていない。会社は、今後の違反をやめる命令を受け、利益の吐き出し約354万ドル、判決前利息約104万ドル、民事制裁金200万ドル、合計で約658万ドルを支払うことに同意した。
SECは和解を受け入れるにあたり、会社の自主申告、協力、是正措置を考慮した。会社は、この不正を初めて知った後、速やかに自主申告した。(拙訳) 是正措置には、関与した社員の懲戒や解雇、旅行代理店との取引の打切り、国境を越えた送金についての統制の追加が含まれる。会社が何をきっかけに不正を知ったのかは、命令書には書かれていない。
Q1
命令書によれば、観光を含む旅行は、子会社の社内の審査にどのような形で出されていたか。
1. 子会社のコンプライアンス担当者が、観光の予定を承知のうえで承認していた
2. 正規の行事だけを並べた旅程を承認に出し、観光を組み込んだ別の旅程を参加者に渡していた
3. 社内の承認を受けないまま、参加者を出張させていた
4. 親会社のコンプライアンス部門が、子会社に代わって承認していた
正解: 2
解説: 社員たちは、旅行代理店と一緒に、正規の業務や研修を盛り込んだ旅程を作って子会社のコンプライアンス担当者に出した。観光を並べた別の旅程は、手渡しや個人のWeChatで参加者に回し、日程を隠すよう求めた。社内のコンプライアンス書類では、観光について否定するか、触れなかった。
誤答の罠: 1を選びたくなる。旅程が担当者に出されている以上、審査した側も知っていたと考えがちである。命令書は、社員がコンプライアンス書類を偽ったと書いており、担当者が観光を承知していたとは書いていない。本便の見解では、出された書類だけで審査すると、出されなかった旅程は見落とされやすい。
Q2
親会社から旅行代理店への送金について、命令書の記載に合うものはどれか。
1. 行事ごとに予算が割り当てられ、行事の後に明細で精算されていた
2. 子会社の口座を経由して、現地通貨で支払われていた
3. あいまいな「マーケティング」の名目で15回送られ、資金は特定の案件に割り当てられず、旅行代理店と子会社の社員の裁量で配られていた
4. 子会社の販売代理店が、全額を立て替えていた
正解: 3
解説: 命令書によれば、2016年2月から2018年9月までに、会社は旅行代理店に計15回、総額25万4,000ドルを送金した。送金は資金の目的や使い道を十分に記しておらず、子会社も使い道を監督していなかった。
誤答の罠: 4を選びたくなる。命令書には、旅行代理店が子会社の販売代理店に費用の一部を払わせた場面もある。ただ、それは社員が会社に請求できない費用の一部についての話で、15回の送金とは別の流れである。2も誤りで、命令書は、社員が手配して会社から旅行代理店へ直接資金が渡ったと書いている。
Q3(判断分岐)
自社の本社は、海外子会社からの依頼で、子会社の取引先(イベント会社や旅行代理店)に直接支払うことがある。支払の名目は「販促支援」「マーケティング費用」と書かれていることが多い。本便が勧める最初の手当てはどれか。
1. 子会社のコンプライアンス担当者による事前承認を、すべての行事で必須にする
2. 本社から子会社の取引先へ直接払う送金は、送金ごとに「どの行事・案件の、何の費用か」を特定させ、行事の後に、取引先の明細と参加の記録で使われ方を突き合わせる
3. 取引先から、贈賄をしない旨の誓約書を取る
4. 子会社の営業部門に、贈賄防止の研修を年1回行う
正解: 2
解説: 今日の事例では、資金は特定の案件に割り当てられず、送金も目的や使い道を十分に記していなかった。会社の是正措置にも、国境を越えた送金についての統制の追加が含まれている。送金ごとに案件を特定させ、行事の後に明細と参加の記録で突き合わせる、という具体的な手順は、命令書の提言でなく本便の提案である。
誤答の罠: 1は筋がよく見える。ただ、今日の事例でも、旅程は承認を得るために子会社のコンプライアンス担当者へ出されていた。本便の見解では、偽の旅程が出されれば、事前承認を必須にしても見抜きにくい。3は、今日の事例の旅行代理店が、社員と通じていた側だったことを思い出すと、効き目が見えにくい。
監修者から一言
親会社からは見えていなかった、という今週のテーマの2本目に、この命令書を選んだのは、お金の一部が親会社の手を通っていたからです。
昨日の事例では、本社は拠点を現地任せにしていました。今日の事例では、親会社自身が旅行代理店へ送金しています。それでも、名目はあいまいな「マーケティング」で、どの行事の、何の費用なのかは結びついていませんでした。私は、自分の手を通るお金ほど、見ている気になりやすいと考えています。
もう1つ、旅程は承認を得るために、コンプライアンス担当者へ出されていました。審査する人は、出された旅程を見て判断します。出されなかったもう1つの旅程は、審査の場には現れません。
自社で考えていただきたいのは、本社が払っているのに、何に使われたかを本社が知らない支払が、どれだけあるかです。数は多くないかもしれません。ただ、その数を答えられる人が社内にいるかどうかは、確かめておく価値があると思います。
実務接続
今日、本社の支払データから、海外子会社の依頼で子会社の取引先へ本社が直接払った送金を、直近1年分抜き出す。名目が「マーケティング」「販促支援」のように案件を特定しない言葉だけのものを1件選び、どの行事・案件の費用だったかを子会社に確かめる。
出典(段落単位)
· U.S. Securities and Exchange Commission「Order Instituting Cease-and-Desist Proceedings Pursuant to Section 21C of the Securities Exchange Act of 1934, Making Findings, and Imposing a Cease-and-Desist Order」In the Matter of 3M Company(Securities Exchange Act of 1934 Release No. 98222 / August 25, 2023、Administrative Proceeding File No. 3-21581)。和解による命令で、同社は事実認定を認否していない。SECサイト掲載の原文PDFを取得し、原文で確認した。 https://www.sec.gov/files/litigation/admin/2023/34-98222.pdf
· 同命令書 II.・脚注1 ── 和解の申出と、認否をしない同意。III. para 1〜3 ── 概要(対象期間、行事を口実にした観光の提供、帳簿の不正確と送金統制の不備)と会社の概要(本社はミネソタ州セントポール)。
· 同 para 4〜8 ── 元マーケティング・マネージャーと旅行代理店2社、承認用の旅程と別の旅程、コンプライアンス書類の偽り、少なくとも24回の行事と4つの例(2017年の2例、2016年のシカゴ、2016年のブリスベン・シドニー)。
· 同 para 9〜11 ── 請求書の水増しと販売代理店への負担の付け回し、売上の追跡と「投資対効果」、100万ドル近くの支出と帳簿への計上、少なくとも350万ドルの利益。
· 同 para 12〜13 ── 親会社から旅行代理店への送金(2016年2月〜2018年9月、15回、25万4,000ドル)と、使い道の監督・送金の統制の不備。para 15〜16 ── 取引所法13(b)(2)(A)・(B)の違反。para 18 ── 自主申告、協力、是正措置。IV. ── 違反の停止命令と、利益の吐き出し・判決前利息・民事制裁金の額。
· U.S. Securities and Exchange Commission「SEC Charges 3M with Foreign Corrupt Practices Act Violations Relating to China Subsidiary」(Press Release 2023-160、2023年8月25日)── 支払総額の要約。 https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2023-160
· ※本文中の英語の日本語訳は拙訳である。太字は強調にも用いている。
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水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』
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