おはようございます。昨日は山の日でお休みしました。

今日は、声が上がらなかった話ではなく、上がった声が途中で消えた話です。

導入

2019年、大手金融グループの保険販売をめぐる問題で、3社が特別調査委員会を設置した。

委員会が調べた対象は大きい。5年間の新規契約は合計およそ1,067万件。そのうち、顧客に不利益を与えたおそれのある「特定事案」として抽出されたのが約18.3万件(契約者数およそ15.6万人)だった。

同年12月、監督当局は3社に行政処分を出す。保険業法違反が少なくとも67件、社内ルール違反が少なくとも662件確認されたとして、2社に2020年1月1日から3月31日までの募集停止が命じられた。

ここまでは、規模の話である。実務で本当に効くのは、報告書に書かれた次の一文だと考えている。

報告書は、構造的要因の一つをこう認定した。

「顧客に不利益を与える乗換契約等を含め、不適正募集の実態把握につながる現場の声が経営層に届かない組織風土であったこと」

では、声はどこで消えたのか。報告書には、その場所を示す数字がある。顧客対応の一次窓口から、より上位の相談部門へ引き継がれた苦情の割合は、受け付けた苦情件数の1%未満だった。そして引き継ぎの基準は、実務上、存在しなかった。

Q1

報告書は、リスク情報が活かされなかった理由をどう認定したか。

1. 通報窓口が設置されていなかったため、情報が上がる経路が無かった

2. リスク情報がもたらされても、リスク感度の低さから問題が矮小化され、実態把握が遅れた

3. 情報システムの不具合により苦情データが失われた

4. 監督当局への報告義務が法令上存在しなかった

正解: 2

解説: 窓口も苦情の受付経路も存在した。報告書が認定したのは、情報が来なかったことではなく、来た情報が「問題点等の発見に活かされず、矮小化された」ことである。同じ報告書は、リスク事象を探知した際に根本原因の追究と抜本解決を先延ばしにする組織風土、縦割りに起因する部門間の情報伝達の目詰まりも挙げている。

判断の型: 情報が上がらない組織と、上がった情報が小さく扱われる組織は、別の病気である。処方も違う。

誤答の罠: 1を選ぶと、対策は「窓口の増設」になる。窓口を増やしても、受け取った情報を小さく扱う癖はそのまま残る。

Q2

一次窓口から上位部門への引き継ぎが1%未満にとどまっていた。この数字から最初に疑うべきことは何か。

1. 顧客からの苦情の大半が、実際に軽微なものだった

2. 引き継ぐかどうかの判断基準が存在せず、判断が各担当者に委ねられていた

3. 上位部門の処理能力が不足していた

4. 顧客が苦情を取り下げていた

正解: 2

解説: 報告書は、引き継ぎに関する具体的な基準が存在しなかったことを指摘し、本来引き継がれるべきものが引き継がれていなかった可能性を否定できないとしている。救済の判断は上位部門への付議が契機になるため、そこで止まった案件は救済の検討にすら至らない。

判断の型: 基準の無い裁量は、必ず「上げない」側に倒れる。上げれば説明が要り、上げなければ何も起きないからである。

誤答の罠: 1は、数字を見た側が最初に置きたくなる仮説である。ただし軽微だったという説明は、軽重を判定する基準があって初めて成り立つ。基準が無いなら、その説明自体が成り立たない。

Q3(判断分岐)

自社の通報・苦情のデータを点検することになった。経営会議に出す最初の1枚に、あなたは何を載せるか。

1. 年度別の通報・苦情の受付件数と、前年比の増減

2. 通報・苦情の類型別の内訳と、処理完了率

3. 各段階(受付→調査→上位部門→経営報告)で残った件数と、次の段階へ進まなかった理由の分布

4. 匿名通報と顕名通報の比率

正解: 3

解説: 1と2は多くの会社が出しており、経営もそれを見慣れている。ただし受付件数と処理完了率は、途中で止まった案件を数えない。3は、どこで何件落ちたかと、その理由を並べる。落ちた理由が「基準に照らして軽微」で埋まっていれば健全であり、「担当者判断」「記録なし」が多ければ、それが最初に直す場所である。

判断の型: 制度の健康診断は、通った数でなく、止まった場所で測る。

誤答の罠: 3を出すと、件数が減って見えることがある。そこで「うちは件数が少ないから健全だ」と読まれると逆効果になる。1枚に載せるときは、件数の多寡でなく、落ちた理由の分布が論点であることを最初の行に書いておく。

監修者から一言

通報件数の推移を経営会議に出している会社は多いのですが、その数字を見て何を決めればいいのか、経営の側が困っている場面によく出会います。件数は増えても減っても解釈できてしまうからです。段階ごとに残った数と、進まなかった理由を並べると、議論の対象が「多いか少ないか」から「どこで止まっているか」に変わります。この事件で当局と委員会が問題にしたのも、件数ではなく、止まった場所とその理由でした。

実務接続

今日、自社の通報・苦情の一次窓口に、上位部門へ引き継ぐかどうかの判断基準が文書で存在するかを確認する。無ければ、まず「迷ったら上げる」を明文化した1行から始める。

出典(段落単位)

·       かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会「調査報告書」(2019年12月18日、日本郵政株式会社・日本郵便株式会社・株式会社かんぽ生命保険 宛)── 委員会の設置(2019年7月24日)、5年間の新規契約約1,067万件と特定事案約18.3万件(契約者数約15.6万人)、構造的要因としての「不適正募集の実態把握につながる現場の声が経営層に届かない組織風土であったこと」、「顧客の苦情等を含め不適正募集の疑いに係るリスク情報がもたらされても、リスク感度の低さに起因し、これらの情報が問題点等の発見に活かされず、矮小化された結果、問題の抜本解決がなされず、実態把握の遅れにつながったこと」、リスク事象の根本原因追究の先延ばしと問題の矮小化、縦割り意識に起因する部門間の連携不足と情報伝達の目詰まり、一次窓口から上位相談部門へ引き継がれた苦情の割合が受領件数の1%未満にとどまり引き継ぎの統一的な基準が存在しなかったこと

·       金融庁「日本郵政グループに対する行政処分について」(2019年12月27日)── 保険業法第300条第1項違反が少なくとも67件、社内ルール違反が少なくとも662件、かんぽ生命および日本郵便に対する2020年1月1日から3月31日までの業務停止命令(保険業法第132条第1項、第307条第1項ほか)、経営責任の明確化・営業目標の設定・ガバナンスの抜本的強化を含む業務改善命令

今日の一問(返信で教えてください)

あなたの会社の通報・苦情は、一次窓口から上位へ「上げるかどうか」の基準が文書になっていますか?

·       A 文書の基準がある

·       B 慣行はあるが文書にはなっていない

·       C 担当者の判断に委ねられている

·       D 分からない

このメールに返信して、A〜Dの一文字だけ送っていただければ十分です。

このシリーズ「朝3分の分岐点」は平日毎朝、実際の事件から「判断の型」をひとつお届けします。

PS(いつでも・何度でも): 最近、「このルール何のためだっけ」と思った瞬間はありましたか。

一行で返信いただければ、必ず読んで、お返事します。

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水戸貴之/note『コンプライアンスの地図』

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